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2007年8月

2007年8月17日 (金)

段田安則のこまつ座初出演

今月(2007年8月)、世田谷パブリックシアターで、こまつ座とシス・カンパニー企画・製作で井上ひさし作、栗山民也演出『ロマンス』が上演された。公演パンフレットには各出演者のインタビューが載っている。その一人、段田安則へのインタビューは「段田さんは遊眠社時代に早くも井上作品に出演していますね」という質問で始まり、それに対して「二十年近く前、こまつ座さんの『イヌの仇討』です。井上先生の舞台は俳優になる前から見ていましたし、出たかったのでとても嬉しかった」などと段田が答えている。

赤穂浪士の討ち入りを、吉良上野介の側から書いた『イヌの仇討』(1988年9月初演)に段田が出演した経緯を、私は、この公演の紹介記事を書くため、こまつ座に取材した際、聞いた。ただし、取材した公演初日2カ月前には、段田が出演するはずの舞台のタイトルは『長屋の仇討』だった。台本はできてなく、取材に応じた制作スタッフから聞いた「現時点で決まっている構想」は「江戸時代、石高が低い藩の、江戸詰めの家来が住む侍長屋がある。貧乏だから、住まいは屋敷ではなく、長屋なのだ。そこで暮らす、いわば平凡な人にある日、仇討ちという大事件が起きる」。私は、本番では、構想と多少変わるかもしれないが、設定がそっくり変わるとは思わなかった(変わる可能性が皆無だとは思わなかったが、ほかに書きようがない)ので、そのまま、情報誌に書いた。

段田は『イヌの仇討』で、実在の茶坊主、春斎を演じたが、構想段階ではどんな役をやるかは決まっていなかった。当時、こまつ座で新作をやる場合、井上ひさしが「今度、こういう芝居をやるから、こういう役ができる人を」と制作スタッフに注文、それを受けてスタッフが俳優を集める、という話だった。『長屋の仇討』の話が決まった時は、長屋に出入りする魚屋のあんちゃんとして中西良太、きゃぴきゃぴの下町娘として矢代朝子(いずれも実際は違う役)が、採用された。だが段田は違った。

段田起用の発端は、こまつ座のスタッフに夢の遊眠社のファンがいて、あそこの俳優を使おう、という話になったから、だそうだ。そこで何人かの制作スタッフが遊眠社の舞台を見に行ったところ、「段田がいい」ということで一致、遊眠社に打診した。井上には段田のプロフィールと写真を見せたところ、「非常に面白そう。いろいろ書き込める」と期待を掛けた。段田の出演が決まったのは公演の半年ぐらい前、という。

段田の演じた春斎について、劇評ニューズレター「初日通信」で皆月みどりさんは「なかなかトボケていて面白い」などとプラスに評価している。遊眠社の舞台では、段田は、ほかの俳優と同様、舞台を派手に動き回ったり、テンポよく、コミカルなせりふ回しや動きで笑いを取ったりしていたが、中心男優の中では、器用で演技やせりふの技術も確か、という印象があった。こまつ座の制作スタッフが選んだのも、うなずける。

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